増田周作のおはようコラム

偕楽園の東門
3月11日(木) 更新

ただ念仏せよ 命がけで常陸から来た弟子への親鸞の言葉

 親鸞が、60歳まで過ごした常陸の国を去って京都に戻った後、親鸞の教えを受けた人たちの中には、その教化の影響が余りにも強烈であったために、解釈の違いや迷いが生じたりすることもあったのだろう。
 その中には、京都の親鸞を訪ねて直接に師から疑問点について聞きただしたい、という弟子達も出てきた。「歎異抄」にそのことが出てくる。
 「各々(おのおの)、十余ヶ国の界を越えて、身命を顧みずして、尋ね来らしめ給ふ御志、偏へに、往生極楽の道を問ひ訊(き)がんがためなり。(以下略)」(第2章)
 現在であれば、JR常磐線で水戸から上野まで1時間と少し、新幹線乗り換えで合わせて4時間ばかりで京都駅に到着する。だが800年も前の鎌倉時代、治安も悪く、飢餓状態が続いている十余の国々を経て、親鸞からの直々の言葉を聞くために京都に辿り着くのは、文字通り命がけの旅であったに違いない。
 この命がけの旅をしてきた人たちに親鸞が応えたのは「ただ念仏せよ、たとえ法然聖人に騙されて地獄に落ちることがあっても後悔するな」という厳しいものだった。
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日新フォトミュージアム

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梅を賞でる人たち





甘辛雑感

3月11日(木) 更新

3月10日の東京大空襲に思う

 毎年この時期になると思いだすのは、あの3月10日の東京大空襲のことである。もう65年も前のことで、今でもその記憶を保持し続けているとは、信じ難いと思う人は多かろうが、当時9歳の脳に焼きつけられた強烈な記憶は、そう簡単には払拭できるものではない。
 つい最近、「ケベックの紅葉をめぐるクルーズ旅行」で巡り会ったF氏、年齢は同年で、互いに気が合うというのか、その後も夫妻で、会食をしたりする関係になっているのだが、この人が、あの大空襲の中心地で被災し、道路を挟んで母と自分、父と兄が別れ別れになり、父と兄は帰らぬ人となってしまったという話をしてくれた。この話聞いて、あの払拭できない忌まわしい記憶が、さらに補強された思いでいる。これまでにこのコラムでも、数回描写した、あの地獄絵図をここに繰り返すことはしないが、体験していない人には、どのように語り聞かせても、その強烈な印象を伝えることはできないであろう。
 人は気易く「命がけで」を口にするが、気合いを入れて物事に当たる気構えを形容する単なる形容句に過ぎない位にしか受け取れない。かくいう筆者も、かなり至近でアメリカ空軍の空爆を受け、危うく消されかかったことがある。戦時中、最前線で敵に対峙した体験を持つ人達こそ真に「命がけ」であったろう。
 昨今の生活環境は厳しいことは事実だが、「命がけ」を地で味わった人達から見れば、まだまだ「余裕のヨッチャン」というところで、真の「命がけ」は一生に何度もあることではなかろうが、せめて「まだまだ余裕のヨッチャン」の気構えでいたいものだ。(角野圭一)



 
 

面白くてその日から役立つ毎日替わりの豪華執筆陣

【おはようコラム執筆】増田 周作
日新出版・トラックショー・Truck−X創始者

【月曜日担当】
伊与田 覚
歴代総理の師安岡正篤直弟子 日本論語の第一人者

【火曜日担当】中田 信哉
流通学の権威トラック界の超有名人 神奈川大学教授

【水曜日担当】古河 隆 
日本フルハーフ顧問(前社長)。豊かな文人的素養の持ち主

【木曜日担当】角野 圭一
専門は物性(磁性)物理学 横浜国大名誉教授工学博士

【金曜日担当】鈴木 純子
紅一点、文化放送の現役美人アナ。気象予報士。

【土・日曜日担当】伊与田 覚 (月曜日の再掲載)

人代わりコラムの掲載は、2010年1月25日をもって終了いたしました。ありがとうございました。